表現論を使って、対称性を持つ図形の幾何学を研究。
――藤田先生の研究内容について教えてください。
良い対称性を持つ図形の幾何学を、“表現論”という対称性の理論を駆使して研究しています。特に図形を退化させて情報を引き出すNewton-Okounkov凸体の理論や、シューベルト・カルキュラスという特殊な図形の数え上げに関する理論について調べています。
――対称性が重要な役割を果たすのですね。
対称性に着目するという考え方はさまざまな分野で用いられており、表現論は多種多様な分野の架け橋となり得ます。数学において対称性を表す「群」の理論はもともと中学校で習うような2次方程式の解の公式を次数が高い場合に拡張する試みの中で生まれました。解を並び替えても方程式の形が変わらないという対称性に着目することで、5次以上の方程式には2次方程式のときのような解の公式が存在しないことを示すことができます。
物質を構成する非常に小さい単位である「量子」の振る舞いを調べる量子力学においても対称性や群が重要な指針となっていますし、化学における分子や結晶構造にもさまざまな対称性が現れます。また楕円曲線と呼ばれる群からは楕円曲線暗号という暗号が生まれ、クレジットカードなどのICチップによる電子決済へ応用されています。


数学の研究には体力も大事。私には糖分も(笑)。
――藤田先生の高校生時代、大学生時代はどんな毎日でしたか。
高校生の頃は大学受験のための勉強ばかりしていました。今にして思えば、勉強以外のことにもっと触れておけばよかったと感じています。部活は物理部でアマチュア無線などに取り組み、アマチュア無線のコンテストにも出場して楽しんでいました。
大学に入ってからは数学に関するインカレサークルに参加し、数学の自主ゼミを行っていました。研究者を目指すかどうか迷っていたため、企業の情報を集めたりインターンシップに参加したりした時期もありました。職業としてはアクチュアリーやシステムエンジニアなどを考えていました。
大学時代は引越し業者でアルバイトもしていました。数学の研究においては体力も重要な要素となるため、肉体労働のアルバイトで体力を作ったことは良かったと思っています。現在も徒歩で通勤したりエレベーターではなく階段で昇り降りしたりするなど、日々の中でのちょっとした運動を心がけています。
――なぜ研究の道へと進まれたのでしょうか。何かきっかけがあったのですか。
2014年にカナダ・マクマスター大学の原田芽ぐみ先生が来日し、その講演を聞いたことが大きなターニングポイントとなりました。その内容は、Newton-Okounkov凸体という図形の退化のデータを通して表現論が他のさまざまな分野と結びつくというものでした。この講演がきっかけで私の最初の研究テーマが見つかり、研究者としての第一歩を踏み出すことが出来ました。
また原田先生の誘いを受けカナダ・トロントにあるフィールズ研究所で行われた国際研究プログラムに約3ヶ月間参加したことも重要な経験でした。この研究プログラムのテーマ(代数幾何)は私が当時所属していた研究室のテーマ(表現論)とは異なるものです。しかし研究室とは異なる分野の研究プログラムに長期間参加することで複数の分野の視点や考え方を身につけることができ、私のその後の研究の基礎となりました。
――カナダでの3ヶ月はどんな日々でしたか。
夏に滞在していたので気候もちょうどよく過ごしやすかったです。また建物にしても文化にしても日本とは異なることばかりで刺激になりました。フィールズ研究所はさまざまな国から研究者が集まる場所で、この滞在を通して幅広い国の人たちと交流できたこともよかったと思っています。
――研究者(大学教員)としての日々で感じていることを教えてください。
数学の世界には、まだ誰も知らない定理や理論が数多く隠されています。そのため新しい大陸を目指した昔の探検家のような気分で日々ワクワクしながら研究を行っています。現在の地球で誰も行ったことのない場所を探検することは難しいですが、数学の世界であれば、まだ誰も行ったことのない領域を探検する喜びを味わうことができます。
――先生が目指す研究者としての目標は?
良い対称性を持つ図形について多くのことを解明し、幾何学におけるモデルケースにできればと考えています。幾何学では対称性が高い図形も高くない図形も現れますが、良い対称性を持つ図形が一般の図形を調べる重要な手がかりとなることを期待しています。また対称性の理論を架け橋としてさまざまな領域を結びつけ、統一的な理解に繋げていきたいとも考えています。
――熊本で学ぶ・研究することの利点を教えてください。
熊本に来てまだ一年半ですが、とても暮らしやすいところだなと感じています。食べ物はなんでもおいしい。昔から甘いものに目がなく、おいしいスイーツを求めて洋菓子・和菓子店を巡っています。熊本にはステキなお店が多くあり、とても嬉しく思っています。
また熊本大学には素晴らしい先生が揃っていて、レベルの高い研究に触れることができる環境だと感じています。


自分の頭で考える習慣が身につく。それが数学です。
――藤田先生が今の大学生に伝えたいことは?
現代社会はネットの普及などによりさまざまな情報が溢れ、間違っていたり不確かだったりする情報も数多く存在します。だからこそ、他の人の意見やどこかに書いてあることを鵜呑みにせず、自分の頭で考え判断し行動していくことが重要です。数学の学びはこのような力を身につけるのに適しています。数学の真理は客観的で普遍的なものであり、議論が正しいかどうかを自分の頭で確かめ判断することができます。数学の学びを通して自分の頭で考え判断していく力を養い、これからの人生に役立てていってほしいと思います。
――「数学の真理は客観的で普遍的なもの」とは具体的には?
文学などの場合は解釈が人によって異なることもあります。しかし数学の場合、その真理は誰にとっても同じ意味を持ちます。人によって、また環境によって解釈が変わることはありません。例えば、中学校で習うピタゴラスの定理(三平方の定理)は数千年前から何一つ変わっていませんし、これからも変わることはありません。
また数学の真理は、証明を付けることによって自分の力で確かめることもできます。証明に慣れてくれば、先生やネットに聞かなくても、自分の頭だけで正しいかどうかを判断できたりします。そういう意味で数学は、自分で責任を持って判断していく自立心を養う練習にもなると思います。
日々の生活でも「正しいか、間違っているのか」というのは、自分の頭で考える必要があります。フェイクニュースもありますし、AIも万能ではなく間違ったことを導き出したりします。そういった情報の場合、自分でどれだけ考えても調べても「絶対に正しい」という確証はなかったりします。ただ数学の場合は、証明という形で「絶対に正しい」という確証を得ることができます。最先端の研究では、正しいと思っていた証明が間違っていることもあるのでなかなか難しいですが。
――「絶対に正しい」ものがある世界、それが数学ということですね。
何が正しいのかよくわからないことが多い世の中なので、私としては数学の中にはっきりと「正しいものがある」というのは嬉しいです。自分で正しいか間違っているかを判断できるようになると自信もついてきます。「先生から言われたから正しいはず」「本に書いてあるから正しいはずだ」ではなくて、自分で考えて判断していくことが重要です。数学はそういう意味で「自分で考える習慣」が身につく学問です。「絶対に信じられるもの」が数学にはあります。数学は裏切りません。
