循環可能な建設材料の開発を。
――尾上先生の研究内容について教えてください。
社会インフラの長寿命化に寄与する高耐久な建設材料や次世代コンクリートの開発、環境負荷低減に向けた資源循環技術などについて研究しています。なかでも「火山灰を主原料とするアルカリ活性材料の配合および製造方法の最適化」「鉄鋼スラグを用いたコンクリートの諸特性」「建設現場で発生する残コンクリートの有効活用」の3つを主な研究テーマにしています。
――次世代コンクリートがなぜ必要とされているのでしょうか。
コンクリートは水に次いで2番目に消費量が多いと言われている材料です。建物や橋、トンネル、ダムなどすべてコンクリートで作られていて、それなくしては私たちの暮らしは成り立たないほど普及しているもの。そのコンクリートは、砂と砂利が約7割、残り3割はそれらをつなぐセメントペーストで構成されています。
セメントは廃棄物を燃料や原料とするなど社会に大きく貢献しており、安価で耐久性もあり建設材料として大変優れています。その一方で製造過程では大量の二酸化炭素を排出する性質もあるため、カーボンニュートラルに向けて、セメントの一部を代替する材料の開発が求められています。
ほかにも現在、骨材(砂や砂利)が採れなくなり世界的な争奪戦が起ころうとしています。日本国内でも海外まで調達しに行く動きがありますし、環境を切り崩して採掘することになるため、コスト面や環境面でもさまざまな影響があります。
上記の理由で、セメントや骨材の代替が世界中で求められているのです。そこで、環境に配慮した材料として火山灰を用いたり、製鉄所から出た副産物(鉄鋼スラグ)を骨材として利用するなどの研究を進めています。その中で、品質工学の手法を用いて数多くの組合せの中から最適なレシピを選定していくことにも取り組んでいます。


――品質工学とは?
技術開発の技法のことです。従来の私たちの領域で例えると「いかに強度を出すか」「いかに耐久性を持たせるか」という観点で研究されることが多いんですね。しかし新しいセメント代替材料の特徴のひとつに「品質が非常に変動しやすい」ということがあります。つまり同じ人が同じ組み合わせで作ったとしても、気温・湿度などの影響を受け、日によって出来栄えが異なる場合があるのです。そうなると建材として使いにくい。「結果的に品質の変動が少なくなるような最適な設計パラメータ水準の組合せを、いかに効率的に見つけるか」それを探求しています。
実はこういう観点で研究をしているところは少ないんです。「強度を最大化する」という研究はよくありますが「ばらつきを最小化する」という研究はあまりないんですよね。
例えばラーメン屋さんの中には、気温や湿度を見て日によってスープや麺の配合を変えるお店ってありますよね。ものづくりにおいて本来はそのようなアプローチが必要なのですが、工業製品で大事なのは「誰がいつやっても同じものができる」、それが望ましい。そこで原材料の品質の違いやその日のコンディションの違いを敏感に受けず、安定した品質を保てる材料の製造システムを研究しているのです。
さまざまな出来事や出会いが今の研究へと導いてくれた。
――尾上先生がコンクリートの分野に進まれたきっかけは何ですか。
大学4年次にコンクリート研究室に配属されたのがきっかけです。そこでの恩師(故・松下博通先生)に博士課程進学を勧められて、研究者の道に入りました。それ以外にもここ熊本大学で研究をしているのは、いくつものご縁があったんですよね。
ターニングポイントのひとつが2011年に起こった新燃岳の噴火です。この時、都城市一帯に大量の火山灰が積もりました。当時、宮崎大学で研究をしていたのですが、大分高専の一宮一夫先生から「この灰をコンクリートに使ってみたら?」とアドバイスをいただき、「セメントや骨材の代替品として使えるかも」と火山灰を採りに行き、コンクリートの実験に使ったんです。その時の実験は“火山灰活用最前線”としてテレビ取材も受けました(笑)。
同じ頃、秋田大学名誉教授の川上洵先生から韓国・ソウルで行われるシンポジウムのお誘いを受けました。火山防災がテーマのシンポジウムで、その中で火山灰を建設材料に活用するためのセッションがあり「そこで研究発表をしませんか」と。本当は宮崎大学での上司にあたる中澤隆雄先生に話がきたのですが、「若い尾上先生が参加したほうがいい」と言っていただき、それで私がソウルに行くことになりました。
韓国のシンポジウムで川上先生から「ドイツに知り合いの研究者がいるから留学してみないか?」とのお話があり、その後ドイツのThomas A. Bier教授につないでいただき、ザクセン州のフライベルクで火山灰を使ったアルカリ活性材料の研究を本格的に始めるようになりました。また、ドイツ留学中に熊本大学での採用が決まり、現在に至っています。
新燃岳が噴火しなければ、火山灰の採集に行かなければドイツ留学していないし、熊本にも来ていないかもしれない。振り返ると、いろんな方がアドバイスや縁をつないでくださったおかげでここにいるのかなと思います。


練習や準備を積み重ね、現場にフィードバック。この繰り返しが大事。
――先生への事前のアンケートに「学生に伝えたいこと」として、「誘われたら断らない、好奇心を持つ、何事もまずやってみる、人との縁が大事」と書かれています。それは先生の経験からくるアドバイスなのですね。
そうです。先ほどのエピソードもどこかひとつでも欠けていたら、そのあとにつながっていないはず。実は「韓国のシンポジウムで話をしませんか」と言われた時、ちょっと考えたんですよね(笑)。まだデータも完全ではないし準備不足でもあるし、英語力もまだまだだし……と気後れする部分もあったんです。それでも「まあ、行ってみるか」と行動したのが結果的によかったかなと思っています。
――まずは行動してみることが大事だと。
実際にやってみたらイメージが湧きますよね。とりあえず手をつけてみる。それが好奇心につながるのかもしれない。最初からうまくいくことはほとんどないので、そのことも踏まえてまずは構えずにやってみると、自然とものごとは進んでいくのではないでしょうか。
特に今は情報が簡単に入るので、ある程度の正解形もすぐにわかる。それもひとつの生き方だと思います。しかし、まずは自分でやってみて、自分の考えを模索してみるのも大事。「どれが正しいか」ではなくて、どちらも大事だと思います。
――自分の考えに自信を持つためにはどうしたらいいのでしょう。
継続することですね。小さいことでもひとつをどんどん深めていく。それが自信になって波及していくのではないかと思います。まずは自分の世界で成功して、そこから外に出ていくのがいいのではないでしょうか。自分の武器となるものを深めて、ある程度……そうですね、6〜7割できたら勝負に出てみてもよいと思います。最初から10割を目指して準備しすぎるとタイミングを逃してしまうこともありますから、そこは難しいですよね。
趣味でゴルフを始めて5年目なんですが、今の話はゴルフでも同じことが言えます。ゴルフもまったく練習してないとダメなんですよ。だからと言って、ずっと練習ばかりして実際のコースに出なかったら、それはそれで上達しない。ある程度ボールを打てるようなったらコースに出て経験を積み、それをフィードバックしてまた練習して……というサイクルを回していくと、少しずつ上手くなっていくと考えています。おそらく勉強も一緒なのかなと思います。
――最後に、先生のご研究分野の魅力を教えてください。
私たちの生活にとって、土木は絶対に必要な分野です。土木の仕事がなければ、水も電気も道路もないし、インターネットもない。土木は社会の基盤を作っているので、どの時代どの場所でも必要とされる仕事です。
また、毎年のように水害が発生し、どこかしら被害が出ていますが、それを復旧するのは土木の仕事。国を根底から支える仕事なのでなくてはならないし、仕事としての流行り廃りもありません。それだけやりがいのある領域なんですよね。
最近は土木の分野でも、AIやICTを活用した革新的な取組みが本格化しています。これまで以上に若い人の優秀な頭脳が必要です。よりよい社会の基盤づくりを目指して、一緒に知恵出しをしてみませんか。
