錯体化学には、世界を大きく変える可能性が詰まっている。
錯体化学がもたらす発展とはなにか。
Q:速水先生の研究内容を教えてください。
理学のなかでも化学の研究をしています。化学には有機化学、無機化学、物理化学、分析化学という4つの分野があります。そのなかでも私は無機化学の機能性分子、いわゆる金属錯体を研究しています。
有機化合物の多くは、メタンやベンゼン環など基本的な有機分子で出来ています。一方、無機化学、錯体化学にはその有機分子に金属イオンが入っています。これはつまり、有機分子だけとは異なり「色がつく・磁石がくっつく・電気が流れる」などの“機能性”が加わるということなんです。有機物は電気を流さないのですが、金属イオンが入ることによって多機能性が加わります。そこが大きな特徴です。
Q:錯体化学の発展がもたらすものとは?
例えば現在、半導体の発展が限界に達している状態で、これからはメモリやスイッチングなどもすべて分子に置き換わるだろうと言われています。分子に金属イオンが入ることで、今までの物質が一気にブレイクスルーする。「分子を材料にする、分子をデバイスにする」という研究をしているのが、私たちの研究室です。速水研究室http://www.sci.kumamoto-u.ac.jp/~hayami/index.html
Q:速水先生の研究はさまざまな賞をとられていて、世界も注目していますよね。
今年(2019年)の錯体化学会で学術賞の受賞が決まりました。そういった意味でも頑張ってきた甲斐があるなと(笑)。研究者は、実は評価されないことも多いので、このように形として評価されると嬉しいし、研究へのモチベーションになります。
現在私の研究室には、学生や外国人の研究者を含め30人弱の人員がいて、みんなの力で研究結果を出しています。研究室では年間30本の論文を発表していて、この分野での論文数は世界トップレベルだと思います。論文は一生残っていくもの。古いものだと1600年、1700年の論文も検索できます。自分の名前が一生残るというのは、学生にとってもモチベーションになると思っています。


世界初!酸化グラフェンのプロトン伝道を発見。
Q:錯体化学から機能性材料へ注目されたきっかけは?
10年前、熊本大学に来た時に「錯体化学をもっと発展させよう」と思ったんです。そこでその有機配位子として酸化グラフェンに注目したんですね。当時は酸化グラフェンの研究があまりなされていなかった時代。酸化グラフェンだけを調べているうちに、イオンが動くのを見つけたんです。実はこれ、世界初の発見なんですよ。それが評価されて、世界的にも話題にしていただきました。イオンが流れるということは電池に使えるということでもあるので、いまこの分野の研究を世界中で競争しているところです。
Q:速水先生の研究が世界を変えるかもしれないのですね。
他にも面白い発見をしたんですよ。「まったく別の分野の研究をしたい」と思い、半年間、オーストラリアのクイーンズランド大学に留学したんです。そこではシリカを使った穴の空いた材料について学びました。シリカ材料は、例えば薬などを入れるのに使えるんですよ。タブレット錠剤というのは薬が単に固まっているだけではなく、穴の空いた材料があってその中に薬を溶かし込んでいるんです。少しずつ薬が溶け出していくので、1週間、2週間と効き目が長持ちする仕組みになっています。つまり一粒飲めば一回で治るという、そんな薬の研究をやっていたんですね。そのノウハウを学んで、日本に戻ってきました。
その時、ナイジェリアのポスドクが偶然にも、抗マラリア薬の金属錯体を研究するために私の研究室に来たんですよ。そこで「シリカのナノの穴と薬を合体させればいいのでは」ということで研究を進めていったのですが、これが思いの外うまくいったんです。臨床実験はこれからなのですが、動物実験ではうまく作用しています。これが実現すると、マラリアへの大きな打開策になるはずです。
まったく異なる分野を学んだことで、新しいトレンドを見つけた。
Q:酸化グラフェンには可能性が多様にあるんですね。
そうなんです。酸化グラフェンには酸素があり酸化する力がある。酸化するというのは分解する力があるということ。例えば現在では廃棄物となっているサトウキビの繊維質や米の籾殻なども、酸化グラフェンで分解して「食料」に変えることも可能なんです。これが実現したら、今度は植物の分解物からプラスティックができるようになります。いわゆるバイオプラスティックですね。バイオプラスティックは紫外線などで分解されるので、自然に巡回していきます。世界的な社会問題になっているプラスティックによる海洋汚染の解決の糸口になりますよね。
このように酸化グラフェンには多岐にわたる可能性が広がっています。新しい材料は世界を変えることができる。そういう思いで研究しています。

酸化グラフェンで書いた一文字「真」。研究で真実を明らかにする意味がこめられている(松本理事・副学長作)
Q:最後に、学生さんへメッセージをお願いします。

「研究のトレンドを作る」。これをよく学生に伝えています。人の真似、フォロワーになるのではなく、自分がデベロッパーとなり、新しく何かを切り開け……と常々伝えていますね。
研究室はおかげで10年目を迎え、現在は教え子が「新しいトレンド」を作るために全国で活躍しています。私の夢は、定年退職後に、北海道から沖縄まで教え子たちが主宰する研究室を回りながら旅行すること(笑)。そのために、私自身もさらなるトレンドを作るために研鑽しているところです。