澄清の地下水都市・熊本

なぜ熊本大学で地下水を学ぶ? 地下水(水道水)の水質の特徴 熊本地域の地下水の現状(水位低下とその要因)~地下水の流動機構・課題・持続的管理~ 熊本地域の水理地質構造  熊本地域の地下水の現状(水位低下とその要因) 地下水資源回復のための努力

なぜ熊本大学で地下水を学ぶ?

“日本一の地下水都市”熊本市は、約70万人の上水道や農業・工業水源をすべて地下水に依存する日本で唯一の都市です。九州地域の高い降水量と大規模なカルデラを有する阿蘇外輪山の西側に位置するという水文・地形的要因、および透水性の良い阿蘇火砕流堆積物や多孔質の砥川溶岩が地表下浅部に広く、厚く分布するという水理地質的要因の重ね合わせが大規模な地下水系の形成を可能にしています。この地下水は阿蘇外輪山西麓斜面域に発達する林地や田畑で涵養され、地下に浸透した降雨が起源です。これが帯水層を通じて熊本市域まで流れ、名勝の水前寺公園に代表されるように台地と平地との境界に位置する多くの地点で湧出しています。すなわち、地下水の涵養から流出までの地下水流動システム全体から構成される大規模帯水層が一つの県レベルの地域に存在するのが、日本の他の地域にはない熊本の特徴であるのです。

このような水理的条件により、地下水の流れのメカニズムという理学的観点、および適切な管理による地下水保全や水質浄化という工学的な観点、さらに湿潤アジアの特性である潜在涵養量を有効に利用した持続的地下水資源利用システムの構築という政策科学的な観点も含む多方面から地下水を学ぶことができます。しかもフィールドでの観測・調査等を手近の現場で容易に行えるという座学とフィールドワーク、および地下水管理政策の実体験研修といったバランスの良い魅力的な環境リーダー育成プログラムを構築できる地理的優位性があるのです。

地下水(水道水)の水質の特徴

熊本県は火の山“阿蘇”と神秘の火“不知火”にちなみ、昔から“火の国(肥の国)”と呼ばれてきました。その一方で、水が非常に豊富な県でもあり、県内には環境省が選定する「平成の名水百選」に4箇所、昭和の「名水百選」に4箇所、合わせて富山県と並び全国で最も多い8箇所が選定されています。
主な熊本市の水道水源は、アルカリ土類金属炭酸塩型の地下水であり、Ca2+、Mg2+、Na+の3種類のイオン成分が、ほぼ等量ずつ含まれる特徴を示しています。また過去20年間を通じてほとんど水質に変化がなく、国内に流通するボトルウォーターと同等以上の美味しさを有する研究結果が公表されています(川越ほか 2009年)。

白川水源(南阿蘇市)
竹崎水源(南阿蘇市)
池山水源(小国町)
熊本動植物園南口の自噴井戸(熊本市)

熊本地域の地下水 ~地下水の流動機構・課題・持続的管理~

熊本地域とは、熊本市とその周辺市町村からなる地域で、用水の100%を地下水に依存しており、古くから地下水保全が重要な課題となっています。 そのため、地下水流動研究や地下水質構造の把握が精力的に行われています。これまでの研究結果を通じて熊本の地下水の概要を以下に紹介します。

熊本地域の水理地質構造

熊本地域の第四紀層の大半は阿蘇山が26 万年~9 万年前に4 度の大噴火をした際に噴出した阿蘇火砕流堆積物で、基盤岩類や安山岩を覆い火砕流台地を形成しています。 一部の台地は段丘堆積物に覆われていますが、第四紀層(今から200万年前以降の新しい地層)の大半を占める阿蘇火砕流堆積物(噴出時期の古いものから順にAso-1、Aso-2、Aso-3、Aso-4と命名されている)が、 熊本地域の帯水層を構成する主要な地層となっており、火砕流帯水層の相対的に高い透水性と大きな動水勾配に九州地域の高い降水量が加味された水文地質状況は、熊本地域の活発な地下水循環の特徴となっています。

地下水都市・熊本の地質図

河川の沖積堆積物からなる帯水層を主体としているわが国の他地域の地下水とは、その帯水層の傾斜(動水勾配)や構成物質の透水特性において大きく異なっています。
各火砕流堆積物間には、それぞれの火砕流活動の休止期の堆積物として「砥川溶岩」や「大峰火砕丘堆積物」、「高遊原溶岩」などの溶岩類や、「花房層」・「布田層」などの湖成堆積物が分布しており、 前者は主として帯水層に、また後者の湖成堆積物は帯水層間の難透水層として機能しています。
このAso-4/3間隙堆積物の湖成層を基盤としてその上位にあるAso-4からなる不圧帯水層(第1帯水層)と、 下位にあるAso-1、Aso-2、Aso-3の火砕流堆積物及び江津湖周辺や嘉島町の浮島や下六嘉付近にみられる著しく発泡した多孔質部や割れ目が密集した 砥川溶岩からなる被圧帯水層(第2帯水層)の2層構造の地下水帯水層が形成されており、 地域の主要地下資源はこの第2帯水層からの取水に依存しています。

熊本地域の地下水の現状(水位低下とその要因)

地下水資源が豊富と考えられている熊本ですが、実は長期的な地下水位モニタリングにより、明らかな地下水位の低下傾向が判明しています。 図1に示した、白川中流域低地に位置する大津観測井の地下水位データによると、高水位期と低水位期に対応した7 ~ 8m の季節変動が示されていますが、 長期的に見ると5m/20年程度の割合で地下水位が低下している傾向を読み取ることができます。

図1. 白川中流域 大津観測井の地下水位 図2. 江津湖湧水量の変化グラフ(九州東海大学調べ)

また、熊本市内の湧水湖である図2の江津湖の湧出量(九州東海大学調べ)も、観測を開始した1992 年以降、長期的に減少し続け、 1992 年の約500,000m3 /日から2002 年には400,000m3 /日を下回るようになり、ここ10 年で約20%の減少が報告されています。 このように、熊本地域の地下水位、湧出量ともに低下・減少傾向を示し、地域の地下水資源が明らかに減少してきていることが分かっています。

一般的に地下水位低下の原因と想定される地域の「地下水揚水量」は、長期的には増大傾向ではなくむしろ減少しており、 特に工業や農業による地下水利用は節水努力もあり、ここ20 年で大きく減少していることが図3 から読み取ることができ、地下水資源の賦存量の減少とは因果関係は認められません。 むしろ地下水量の減少要因として挙げられるのは、都市化に伴う涵養域の減少、特に白川中流域低地に位置する「水田の急激な減少」にあります。 図4には、2006年における熊本地域の非涵養域(図中に暖色系で示す)の広がりが示されています。 涵養効果の小さい非涵養域がこの約15年で徐々に広がりをみせていることが分かります。

図3. 地下水揚水量 図4. 土地の利用状況の変化

前述したように、白川中流域低地は第2帯水層の主要な涵養地域になっています。この地域の水田はザル田と呼ばれるほどに非常に大量の灌漑水が必要な農家泣かせの水田で、その減水深は1 日当たり100~200mm 近くあり、日本の減水深の平均値と比べて10 倍以上もの大きな値となっています。その背景には、透水性の低い水田客土用の粘土層に乏しい高透水性の礫層や火砕流層の卓越した存在があげられます。

白川中流域の水田は、県内他水田に比べ約5~10倍の涵養能力があることが判明している

地下水資源回復のための努力

熊本地域の豊富な地下水資源を将来に渡って持続的に利用できるようにするためには、節水による地下水使用量を低減すると同時に揚水量に応じた地下水涵養を行う受け皿を増やすことが肝要です。

この課題を解決するために、地域における地下水の最大利用者である熊本市は、水理地質構造から地域の地下水涵養に効果のある白川中流域低地の水田ももつ農家と協力する体制として行政境界を越えた総合的な地下水管理施策を進めており、地域の地下水資源を持続的に管理するためのユニークな枠組みとして、積極的な人工涵養を支援する体制が近年熊本地域で構築されました。 事業開始後から対象地域面積や参加農家数、投入資金等が徐々に増加しており、それに伴って湧水量の長期的低下が懸念されていた江津湖の湧水量にも2006年以降に回復傾向が確認されてきました(2012年 図5)。 図5. 江津湖の湧水量

※参考文献 … 川越保徳,岩佐康弘,湯之上勉,前田香織,富家和男,柿本竜治(2009):熊本市飲用地下水水質の特徴とおいしい水としての評価に関する考察.水環境学会誌,32,383-388. 嶋田 純(2012):モンスーンアジア地域における可能地下水涵養量を考慮した地下水資源管理.日本水文科学会誌,第42巻,33-42. 熊本県・熊本市(1995):熊本地域地下水総合調査報告書,p122.