広報クドウが研究紹介!Vol.1:土壌の保水性を上げる

生物環境農学国際研究センター
    センター長 澤進一郎

センター長の澤教授は、シロイヌナズナ(研究の世界ではモデル植物と呼ばれる)を使って形づくりの研究をしてきた理学畑の人間である。
熊本大学に移ってからはもっと実際の社会に役立つことをと、サツマイモなどで猛威を振るうネコブセンチュウの研究を行ってきた。
研究室ではサツマイモではなくトマトを使って、ネコブセンチュウが根を見つける原因にもなる誘引物質を探したり、反対に根がセンチュウを
遠ざけるよう出している忌避物質を探してきた。

(新学術領域研究『植物細胞壁の情報処理システム』2012-2017 澤教授研究部分パネル ディレクション:クドウミツコ・イラスト:ウチダヒロコ)

線が交わる部分には全て炭素原子(C)。
たくさんあるので、省略している。

昨年度、農学系のセンターを設立し、より地元密着・成果還元の研究に着手
している。同じセンターの速水教授発表した研究を皆さんご存知
だろうか。速水教授は酸化グラフェンという非常に薄い膜(シート)を作る
プロである。酸化グラフェンというと難しそうだが、鉛筆の芯でお馴染みの
黒鉛(黒鉛だが、鉛は入っておらず、炭素だけでできている。)を
変化させたものである。炭素原子が横方向に層状につながったものを
グラフェン(厚みは炭素原子1個)と呼び、その炭素にOH基などがつくと
酸化グラフェンと呼ぶのである。

実際のシートは厚さが約1ナノメートル(=10^-9メートル)で、サイズは
1-20ミリメートルの、シートというより粉末である。酸化グラフェンには
吸着性が高い・電気の絶縁体としても機能するなどの特徴もあり、
優れた材料である。

この酸化グラフェンは吸着性が高い。先ほどのリンク先は、酸化グラフェンが
コロナウイルスを吸着するというプレスリリースである。この吸着性を
利用して農業に貢献できることはないだろうかと、実験を始めた。
手始めにトマトの苗を2種類の土壌で育て比較した。通常利用している
土壌と、0.1mgの酸化グラフェンを土壌1リットルに混ぜたもので育てたの
である。土壌に入れた酸化グラフェンは水を吸着し、保水できるのか、根は
その水を利用して乾燥にどれくらい耐えられるか、などを調べてみようという
試みだ。14日目までは普通に水をやり、15日目からは水やりをやめて観察を
続けた。研究をする時、まずは効果があるかどうかを大雑把に見ることから
始めるのだが、この実験は、思った以上にはっきりとした結果がでたので、
ちょっと驚いたそうだ。

右図:酸化グラフェンを混ぜた土に植えた苗のほうが圧倒的に枯れていない。

保水力の高い物質を土に混ぜれば、乾燥した土地でも
作物が育てられるのでは、というのは思いつきやすい。
しかし、なかなか実現していないのが現状だ。例えば、
紙おむつに入っているポリマーの保水力は非常に高い。
けれども、ポリマーが水をガッチリ保水しすぎるため、
水を抱えて離してくれない。植物の根が近づくと、
ポリマーは根から水を奪ってしまうほど吸水性が高く、
農業には利用しにくいのだそうだ。一方、今回の
酸化グラフェンの吸着力は、植物の根が酸化グラフェン
から水分を奪うことができる程度の力だと推測できる。
酸化グラフェンはいわば炭である。昔から畑の土に炭を
混ぜるということは行われていただろう。炭を撒くと
作物の育ちが良いなどの実感があるのだと思う。
どのように炭は作物への育成へ貢献しているの
だろうか。センターの役割は、そういった機能を
解明し、理解した上で、乾燥した地域の土壌改良を
行うことである。安心、安全な材料での土壌改良を
目指して、環境の違う畑・様々な作物に対して、
酸化グラフェンを撒き、条件探しを続けているところだ。

上図:土壌に混ぜた酸化グラフェンは飛び出したOH基などで、水分子をトラップするのではないかと考えられる。

酸化グラフェンの農業への利用は、他にもある。酸化グラフェンはコロナウイルスも吸着して、死滅させてしまう。
まだ死滅させるメカニズムは詳細に分かっていないが、すでにマスク不織布に塗布するなど実用化に向け検証が
進んでいる。それと同様に、植物に病気を引き起こすようなカビが、酸化グラフェンに吸着し、拡散しないか、
また、死滅する効果をもっていないか、期待しているところだ。

昔から農業や園芸に利用されてきた炭、しかしながら、安定的に原子レベルで規格化された酸化グラフェンを
供給する技術、そしてそれを正しく使うための、植物側の反応理解、これを持ってして、センターでの研究成果と
なると考えている。そのためには畑での実験が不可欠だ。ぜひ熊本の農家の皆さんとともにこの技術を実らせたいと
考えている。

右図:酸化グラフェンを水にといた液体 植物体にかけ、効果を見たいと思っている。