広報クドウが研究紹介!Vol.6:魚に電気を流し続けた研究者!?

生物環境農学国際研究センター
分子農学部門 浪平隆男

2023年度最初の紹介記事は、魚に寄生しているアニサキスを電流で殺虫する技術を開発された浪平隆男先生です。

アニサキスは、クジラなどの海生哺乳類を最終宿主とする寄生虫で、太さ0.5から1ミリ、長さが2-3センチと肉眼で見ることができる線虫の仲間
である。海生哺乳類の餌となるカツオサバアジサンマなどの青魚も宿主(待機)であり、それを人間が刺身などで生食するとアニサキスが
胃や腸の壁に潜り込み、激痛を生じさせる(アニサキス症)。

カツオのたたきが有名な高知などでは、昔からアニサキスは知られていたが「カツオのたたきは、しばらく様子を見て、虫が出てきたら、よく噛んで
食べなさい」という注意がされる程度だったようである(澤センター長は高知出身)。厚生労働省は1990年代後半からアニサキスに関する注意を
喚起していたが、2012年に改正された食品衛生法施行規則の一部改正で、実数把握が進み、ニュース等でも耳にするようになってきている。
アニサキスによって激痛が生じたら、潜り込んでいるアニサキスを内視鏡や開腹手術で物理的に除去するか、アニサキスが死滅するまで痛み止めで
耐えるしかない(アニサキスにとってヒトは宿主ではないため、数日で死に、体外に排出される)。

アニサキスはに弱く60℃1分以上で死滅し、冷凍では-20℃以下で24時間以上置いておく必要がある。一方、殺菌灯、超音波、放射線等では魚の
身の中にいるアニサキスには効果がないことが確かめられている。高圧力は、アニサキスは殺虫できるが、同時に魚の身もせんべい状になり、
とても食べられるような状態ではなくなってしまう。これらのことから、一旦冷凍することが推奨されており、冷凍後解凍されて生食用として
販売されている。冷凍技術が飛躍的に向上した現在でも、解凍した刺身は少なからず商品価値が下がる(解凍品表示は義務)。世界でも
アニサキスが寄生する魚に対しては一旦冷凍することが義務付けられている。

流通の発展により、新鮮な魚が短時間で日本全国に届くようになった現在、冷凍せずに安全に流通させたいという願いが長らくあったのである。

そんな中、加熱・冷凍以外に魚肉中のアニサキスを死滅させる技術を確立したのが、浪平先生のグループである。浪平先生は寄生虫の
専門家でも、医療の専門家でもない。パルスパワーの専門家なのだ。つまり工学部の所属である。さて、パルスパワーとは、電気エネルギー
溜め、時間的に圧縮し、それを瞬間的に放出させたエネルギーのことだ。身近な例としてはなどが同じ発生原理である。雷を人工的に作り、
自由自在に放出することに似ている。

この技術(パルスパワー電源)は、軍事的にアメリカで開発されたのが始まりで、日本で民間利用を目指して研究が始まったのは1990年代である。
用途によって、どれくらいのパワーをどのくらいの短さ何回放出するか、全て条件に合わせて、コンデンサ(エネルギーを貯める蓄電器)、
高速の放出を繰り返す回路などを調整し、装置を製作するのである。もちろん今回のアニサキスの殺虫のためにも、種々の装置を検討しつつ、
その仕様を決めていった。

パルスパワーは様々な利用がなされている。例えば、気体に当てることでオゾンを生成したり、
医療用のNOガスを生成したり、液体に当てて、汚染水の浄化(アオコの駆除など)ができる。
固体に当てる例では、コンクリートの破壊ナノ粒子の生成接合接着剤の剥離などが
知られている。しかし非常に巨大なエネルギーを放出するため、どこでもいつでも手軽にという
技術ではなく、制御された空間で行うのがまだまだ一般的である。

さて、そもそも、魚肉内のアニサキスはパルスパワーで殺虫できる
のか、まずは3枚におろしたアジのフィーレにアニサキスを
埋め込み、1万5千ボルト350回のパルスを当ててみた。当てる
際にはフィーレ温度が上がらないよう冷却塩水につけた状態で
行った。

埋め込んだアニサキスを観察した結果、全てのアニサキスが、死滅した
ことを確認できた

パルスを当てることで、魚肉の温度が上がり、加熱されて死んでいるの
かもしれない。そこで実際加熱処理したものと比較してみた。
加熱処理したアニサキスは外皮付近が白濁しているが、パルス後
アニサキスは、パルス前のアニサキスと同様に外皮は透明だった。
パルス処理後のアニサキスは、少なくとも加熱死ではないことが
わかる。パルス処理前後のアニサキスの細胞も確認すると、細胞自体
壊れていることもなかった。アニサキスは感電死しているが、
このパルスパワー電流がアニサキスにどのような作用をもたらして死に
至っているのか。そのメカニズム解明も現在進めているところである。

この研究の目的は、パルス処理した刺身を実際に販売し、購入者が喫食することである。例え、アニサキスが死滅しても、パルス処理後のアジが、
パルス処理前(未処理)や冷凍品と比べて見た目や味が落ちてしまっては意味がない。そこで、視覚(見た目の色)、細胞(微細形状)、触覚
(弾力)、味覚の比較検査や官能試験を行った。結果は下の通りである。嬉しいことに未処理とそん色ないことが確認できた

魚肉中のアニサキスでも殺虫でき、未処理品と同等の美味しさであることも分かった。また懸念していたパルスを当てることでの魚肉の温度上昇も
パルスとパルスの間で十分に冷却できていると分かった。いよいよ試験的に流通するアジフィーレを処理する装置*をジャパンシーフーズさんに
設置し、2021年9月から累計4トン以上のアジフィーレを出荷した。

実際に販売したアジフィーレからのアニサキスクレームは0件である。パルスパワーでのアニサキス殺虫技術には全国から大きな期待が
寄せられている。今後、より規模を大きくした処理装置を2025年に稼働予定である。

また、今はアジフィーレに対してパルス処理をしているが、いずれは捌いていない丸のままのアジを水揚げ後すぐ漁港で処理するように
したいとも考えている。

他にも、プロト機開発から得た知見をもとに、小売店で処理できるような小型機の開発、また、魚肉だけではなく畜肉などの寄生虫に対しても
殺虫効果を検証していきたいと考えている。刺身は日本の文化である。安全を確保することで、次世代及び世界に向けて生食文化が広がって
いけばと思っている。

*経済産業省戦略的基盤技術高度化支援事業(JPJ005698)の助成を受けて製作