広報クドウが研究紹介!Vol.5:画像生物学からの新しい農学〜北風(無理矢理)ではなく太陽(本来の力)で取り組む

生物環境農学国際研究センター 基礎研究部門 檜垣 匠

紹介記事5回目は、画像生物学という最先端の研究分野で活躍している檜垣先生です。細胞が分裂する様子や、細胞の中で移動するタンパク質
などをライブ撮影を行なって解析したり、シミュレーションを行ったりしています。画像というとなんとなくビジュアルだから…と思いがちですが、
それ専用のプログラムを書くこと、シミュレーションの式など、がっつり数学。もちろんビジュアルでデータを表現することも多いためセンスも
必要となります。今回の画像素材はシロイヌナズナの気孔です。

シロイヌナズナというのは、アブラナ科の植物で地面に張り付くように葉をつけ、中央から茎が
立ち上がって、小さな白い花をつける植物です。1980年代終わりから、世界中の植物の研究室で
モデル生物として使用されています。

植物は、動物と同じく、酸素とブドウ糖から、二酸化炭素とエネルギー(ATP)を得る呼吸
行ないますが、光があると、二酸化炭素と水からブドウ糖(エネルギーになったり体を作る)と
酸素を合成する光合成も行います。現在、温室効果ガスである二酸化炭素は排出量の削減が
叫ばれています。植物の光合成は、二酸化炭素を吸収する反応であり、これを理解し二酸化炭素
削減に応用することはとても大切です。

植物は一体どこで二酸化炭素や酸素を取り込んだり排出したりしている
のでしょうか。多くの動物は、鼻・口・皮膚でガス交換を行なって
います。植物には鼻や口のような器官はありませんが、葉裏の表面に
気孔と呼ばれる、口のようなものがあります。その数1mm2 あたり
約100個(シロイヌナズナの場合)!!孔辺細胞と呼ばれる唇のような
形の細胞がパカッと開いて、葉の表面から二酸化炭素を吸収し、水
(水蒸気)や酸素を排出し、ガス交換を行っています。

気孔の開閉は孔辺細胞の形の変化で起きます。孔辺細胞の内側(二つの孔辺細胞が合わさっている方)の細胞壁は厚く、外側は薄くなっています。
孔辺細胞が膨らむと、外側の方が膨らみやすいので、中央部分がパカッと開き、萎むとくっつくということが起きています。細胞が膨らむためには
浸透圧を変化させ、水を細胞内に流入させています。気孔の開閉は、変動する光・水分・CO2などの環境に応答して厳密に制御されていると
考えられています。人為的に気孔の開閉を制御することで、二酸化炭素の取り込みを促進することも可能になるのです。

複雑な刺激で浸透圧を変化させる、その仕組みはどこまで解明されているのでしょうか。植物は光を受けると光合成を始め、気孔を開きます。
太陽光の中で、青色の波長の光に反応するタンパク質(フォトトロピン)が孔辺細胞の細胞膜にあり、そのタンパク質が反応することが
気孔の開く合図です。そのシグナルは、最終的には、細胞膜上のプロトンポンプに伝わり、エネルギーを使って、細胞からH+イオンを細胞外に
排出します。その細胞内外の電位差を利用して、細胞外からK+イオン・Cl-イオンとH2Oが流入し、細胞が膨らみます。一方、気孔が閉じる
時には、細胞内に蓄積したK+イオンを排出することで水が抜けて細胞が萎みます。

孔辺細胞の浸透圧変化のきっかけであるプロトンポンプは、正しく孔辺細胞の細胞膜に局在している
必要があります。細胞内で作られたプロトンポンプを細胞膜に運ぶには、さまざまな仕組みが必要です。
2013年に、低二酸化炭素濃度でも気孔を開けないシロイヌナズナの突然変異体から、プロトンポンプを
局在させるPARTROL1タンパク質を見つかりました。この変異体では、本来細胞膜に局在している
はずのプロトンポンプが、孔辺細胞の中に存在していました。

このPARTROL1タンパク質は、動物の神経細胞の伝達物質を分泌するためのタンパク質に似た構造をしています。神経細胞では、伝達物質が入った
小胞が細胞膜に融合することで伝達物質を分泌するのですが、細胞膜と小胞が融合する準備を行うタンパク質(緑のタンパク質:Munc13-1
と似ています。

神経細胞の分泌の仕組みに似たタンパク質が孔辺細胞の開閉に関係していることがわかったので、ライブで観察してみました。すると神経細胞で
起きているような小胞融合のような動きが観察できました。つまり、同じような仕組みで、孔辺細胞のプロトンポンプは、小胞を使って運ばれ、
小胞と細胞膜が融合することで、局在するのではないかと考えています。

また、PARTROL1タンパク質をシロイヌナズナで過剰に働かせてみると、大きく育つことがわかりました。つまり気孔を開くスイッチとなる
プロトンポンプを効果的に局在させることで、光合成の効率が上がり、植物体が大きく成長できるということなのです。

プロトンポンプの量を増やすことができれば、同じ光量で、
多くの二酸化炭素を吸収し、作物の収量も上がります
プロトンポンプを過剰に増やした作物を作ろうと応用を考えた
かもしれません。しかし、まだまだ、局在に関わる全ての役者
(タンパク質)が分かっているわけではないし、複雑な環境に
正確に応答しているプロトンポンプの局在については、その
部分だけをいじると、他にも思わぬ影響がある可能性が
あります。まずはさまざまな環境条件でどのように局在が
変化しているのか、じっくりライブイメージング生きた
まま反応を観察する)で解析してみようと考えています。

ライブイメージングの解析というのは、ただ撮影できれば良いというものではありません。撮影したライブイメージングデータを定量的に解析する
には数々のハードルがあるのです。画像取得画像処理定量評価の3ステップで進めるのですが、例えば、画像取得では、撮影条件の限界との
勝負となります。タンパク質を認識するためレーザー光を当て続けると(レーザー光を当てるとタンパク質が光るようになっているため)、
植物の成長を阻害する場合も多いのです。画像処理では各工程において,手動によるパラメタ設定が必要になり(取得した画像のどういった条件の
場合は消去するなど)、さらに解析対象や撮影条件を変更した場合には,その都度すべてのパラメタの再検討が要求され、それに応対していると、
画像処理が研究全体のボトルネックになってしまうのです。今後は、AIを導入することで、画像取得、処理、評価、全てのステップで効率を上げて
いく予定です。

これからの農学研究では、プロトンポンプの「活性化」により単に気孔を開かせるのではなく、植物が備え持つ「局在制御」の環境応答性をより鋭敏
にするというような、植物がもともと持っている調節機能に働きかけるような方法が良いのではないか。そうやって北風と太陽の物語のように
悪環境でも効率的にCO2を固定できるような技術創出への道筋をつけたいと考えています。画像生物学の技術を使って、大量の画像データを
解析し、それぞれのタンパク質の空間と時間情報が入った動きや働きを描き出し、把握する。その上で、調節機能を鋭敏になるように働きかける、
そういった方法で、環境への負荷も低い新しい農学コンセプトが実現できたら良いなとか思っています。