広報クドウが研究紹介!Vol.2:環境で変わるオスとメス

生物環境農学国際研究センター
    分子農学部門 北野 健

紹介記事2回目は魚の性別と環境の影響について研究をしてきた北野教授です。

皆さんは魚の性について意識したことはあるでしょうか。例えば魚を購入する時や水族館でオスかメスか考えるでしょうか?魚の性別は、遺伝的に
性別が決定している私たちと違って、ずいぶんと柔軟です。例えば、遺伝的にメスであっても、水温が高ければオスになるということが、
メダカやヒラメなど、いろいろな魚で起きているのです。遺伝か、環境か、という話はこの後にご紹介しますが、性って何?起源は何?という
壮大なテーマにもつながる研究です。

私たちは脊椎動物という背骨がある動物のグループに属しています。脊椎動物の中には、哺乳類、鳥類、
爬虫類、両生類、魚類・・・と親しみのある生き物たちが含まれます。しかし、性の決定は、哺乳類では
遺伝的な性別(性染色体の組み合わせ)が個体の性別に、鳥類も同じく遺伝的な性別が個体の性別に
なります。ところが、爬虫類や両生類では遺伝的な性別が決まっていても、卵が孵化する時の温度に
よって、性別が変わることが分かっています。魚類は最も柔軟で、大人になってからでもメスから
オスへと変化します。この場合、卵巣を持っていた個体が精巣を持つようになるということを意味します。

そもそも遺伝的な性別とはなんでしょうか。ヒトでは、性染色体の組み合わせでオス(XY)、メス(XX)
が決まります。Y染色体にはSRYと呼ばれる性決定遺伝子が存在し、例えY染色体を持っていてもSRY
遺伝子がなければ、オスにはなりません。魚も同様にY染色体を持つとオスになります。柔軟に変化する
性別ですから、性決定遺伝子のような決定的な遺伝子が存在するのか長い間分かりませんでした。しかし、
日本の昔からのメダカ研究の蓄積で、メダカに性決定遺伝子があることが2002年証明されました。
ヒラメの性決定遺伝子はつい先日北野先生たちが論文を発表したばかりです。

北野先生の研究対象もメダカです。90年代の日本では、環境ホルモンという言葉が世間を賑わしていました。環境(主には水圏)に溶けている物質の
影響で、メスの巻き貝にオスの生殖器ができるという衝撃的な話題でした。当然、その他の同じ水圏にすむ魚類への影響も当然調べられました。

昔からメダカの研究が盛んな日本には遺伝的なオスとメスで体色が異なる系統が飼育
されていました。メダカの実際の性は背鰭と臀鰭で確認できるため、外観だけで簡単に
性転換がわかるのです。このメダカを使って、実験をしています。メダカは高水温
高密度飼育で遺伝的メスがオスに変わります。メダカだけではなく、高密度飼育というのは
養殖の現場では常態化しています。つまり、養殖魚にはオスが多いというのが一般的です。

水温の変化や密度の変化が、どのようにしてメダカの体を作り替えているのでしょうか。その最初のきっかけはメダカの体内から分泌される
コルチゾルという物質です。コルチゾルはストレスがかかると分泌されるホルモンで、この量が増えると遺伝的メスがオスに変化します。
コルチゾルの分泌量が増え、その刺激を受けた生殖腺の細胞は精巣を形成するようになるのです。つまり、コルチゾルの刺激は生殖腺の細胞群の
遺伝子の働きを大きく変化させていると考えられます。そこで、大規模にメダカの生殖腺の遺伝子発現がどのように変化するかを解析しました。

その結果、α型ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体PPARα)という遺伝子群の発現が非常に高く
なっていることがわかりました。このPPARαというのは、脂肪酸と結合して様々な遺伝子の転写を調節している
受容体タンパク質で、脂質代謝に関与しています。他の研究から、飢餓状態に置かれた時に活性化する
遺伝子であり、老化防止に関係する遺伝子であることも分かっています。

このPPARα遺伝子は、ヒトの糖尿病、がん、統合失調症との関連があるため、世界的に研究が進んでいて、PPARα活性化剤が手に入ります。
まずはこの活性化剤を使って、本当にこの受容体がオス化に関係しているかを検証してみました。すると、活性化剤を50μM濃度で入れると
オス化の頻度がコルチゾルを加えた場合とほぼ同じ程度の効果があることがわかりました。

そうとなれば、次は、メダカの持つ本来のPPARα遺伝子を壊し、どのような変化が起きるのかみる必要があります。PPARα遺伝子のノックアウト
メダカを作成し、オス化の頻度を調べると、PPARαノックアウトメダカではコルチゾルを加えても、PPARα活性化剤を加えても、1尾もオスに
ならないことが分かりました。この意味は、PPARα遺伝子は、水温や密度の影響でメスがオス化する際に、必須の遺伝子であるということです。

また、PPARα遺伝子の他に酸化ストレス関連の遺伝子発現も上昇したことがわかりました。酸化ストレスとは、体の中での活性酸素濃度が増える
ことを指します。生物にとって、体の中で起きているさまざまな反応で自然にできてしまう活性酸素は、有害なため、活性酸素を壊す仕組みも生物は
持っています。通常は増えると壊し、増えすぎないようにバランスを保っていますが、そのバランスが崩れ体内に活性酸素が増えると、さまざまな
トラブルが体内に発生してしまうことがわかっているのです。

メダカに酸化ストレスを与えると(過酸化水素水を加えた水溶液で飼育)、遺伝的メスのメダカは
オス化し、PPARαの遺伝子も活性化しました。コルチゾルを与えなくても、PPARα遺伝子が活性化した
ということです。次にPPARα遺伝子を壊したメダカに酸化ストレスを与えると、オス化は起きないことも
わかりました。これらの実験から、高温や高密度飼育で放出されるストレスホルモンであるコルチゾルを
起点とするオス化と、酸化ストレスが起点となるオス化は、両方ともがPPARα遺伝子発現を上昇し、
生殖腺の細胞群を卵巣から精巣へと変化させることが分かったのです。

PPARαというのは、ヒトの様々な病気の鍵を握る遺伝子として研究が盛んであり、本来は飢餓で発現が
誘導され、老化防止に関わることが知られています。メダカでは、オス化という病気とは全く異なる変化に
関わっていて、全く機能が異なります。しかしながら、進化的には魚の方が古いので、単純に異なる機能を
持ったのかもしれないけれど、つながりがあるのかもしれません。性の起源を探る鍵となるかもしれないと
思うとなかなか興味深い遺伝子です。

さて、ここからは、この成果を使っての応用研究です。先述の通り、
養殖は高密度飼育の場合が多く、つまりは、オスになりやすいことを
意味しています。オスの方が美味しい、肉厚などであれば問題はないの
ですが、魚は一般的にメスの方が大きく肉厚です。

そこで、国立水産研究所と共同で、ヒラメで養殖に貢献する研究を
行なっています。メダカで行ったように、PPARα遺伝子や性決定
遺伝子を持たないものを作成し、高密度飼育でもオス化しないヒラメを
作成することに挑戦しています。遺伝子組換えに抵抗がある消費者も
多いかもしれないとも考え、並行して、餌でPPARα遺伝子などの発現を
調節することができないかという挑戦も行っています。

ヒラメだけにはとどまらず、ウナギの養殖についても研究を進めています。ウナギの
養殖現場でも同じ現象が起きています。雌のウナギは大きく、非常に美味しいらしいのです。
しかし、養殖場では多くがオス化し、少数のメスはなぜか大きくなれないという問題があります。
そこで、ウナギの飼料に大豆イソフラボンを混ぜてみました。大豆イソフラボンは
女性ホルモンに近い物質で、擬似ホルモンの役割を果たすと期待したからです。
こちらも順調に研究は進んでおり、愛知県では試験的に導入し、良い成果を得ています。

このように基礎研究で得た知見をもとに、さまざまな養殖産業へと応用し、魚の性統御を行なっていきたいと考えています。